「会報」総目次
2012年4月25日 Posted in 「会報」総目次
第1号
第2号
第3号
第4号
- 満州国立大学哈爾濱学院史抄 ―哈爾濱学院史(同学院同窓会刊)より― 佐藤一成
- 北のシルクロード ―佐々木史郎著『北方から来た交易民』(NHKブックス)の紹介を兼ねて― 榎森進
- 函館とロシア極東 ―原暉之氏の連載を読んで― 清水恵
第5号
- 「ロシアで実際に仕事ができる」と田中は最初の利権企業を設立した ユーリ・オシポフ(ウラジオストク)
- 亡命ロシア人作家バイコフと大連の小学校教師宗像英雄の交流の軌跡 清水恵
- サハリン紀行と日ロミニ・シンポジュウム参加記 田島佳也
第6号
第7号
第8号
第9号
第10号
- ウラジヴォストークの印象 保田孝一
- アレクサンドル・アレクセーエヴィチ・シガ 檜山真一
- はこだて・ロシアの架け橋 山名康恵
- 函館を訪れたウラジオストクの東洋学院生 原暉之
- もう一つの「浦鹽斯徳紀行」 菅原繁昭
- 国際交流雑感 阿部義人
- 研究会の活動を顧みて 鈴木旭
第11号
第12号
第13号
第14号
- 函館とウラジオストク:日露交流の歴史から 原暉之
- 函館・日ロ交流フォーラムに参加して 工藤朝彦
- 「函館・日ロ交流フォーラム」を聞いて思ったこと 奧野進
- 「ビザなし交流」に参加して 永野弥三雄
- 永野弥三雄氏「戦前のエトロフ漁業と現在のエトロフ島の印象」について 麓慎一
- 1875~1903年のサハリンにおける日ロの協力関係 アナトーリー・マンドリク
- サハリン島住人と日本人漁業の関係 清水恵
- 沿海地方における日本人墓地 ゾーヤ・モルグン
- Z・モルグン報告「日本兵の墓地調査と鎭魂集の発行」を聞いて 佐藤一成
- 函館・日ロ交流フェスティバルを終えて 種田貴司
第15号
第16号
第17号
- カムチャツカ訪問記 ―カムチャツカ国立技術大学を訪ねて― 鈴木旭
- 『共同研究 ロシアと日本 第4集』を誤読してはいけない ―私にとってのロシアを導く糸として― 桜庭宏
- A.T.マンドリク著「ロシア極東の漁業史1927年-1940年」の要約の試み A.トリョフスビャツキ
第18号
- 高須治助訳『花心蝶思録』をめぐって 安井亮平
- 高須治助と函館図書館 ―安井亮平先生のお話から教えられたこと― 菅原繁昭
- A.T.マンドリク著「ロシア極東の漁業史1927年-1940年」の要約の試み(続) A.トリョフスビャツキ
第19号
第20号
第21号
- 北の大航海時代 ―ラクスマン来航を中心に 岸甫一
- アニワ湾のムラヴィヨフ哨所とサハリン問題の発端 ―ここにおいてロシアと日本は遂に隣人となった― トリョフスビャツキー・アナトリー
- 北海道函館商業学校ロシア語担当教員中、最近当時の状況が判明した3名について 佐藤一成
第22号
- 元山のロシア人避難民(1922年秋) 函館港における「マグニット号」とその周辺をめぐって 倉田有佳
- ウラジオストク研修の旅 2003年1月5~9日 岸甫一・岸伸子
- 国立サハリン州文書館所蔵資料をめぐって アレクサンドル・コスタノフ
- 幕末の函館に「ロシアの影」を見たアメリカ人 清水恵
第23号
- 新発見の「重建永寧寺碑」拓本をめぐって 中村和之
- 函館とロシア料理 清水恵
- 函館という名の夢 A.トリョフスビャツキイ(訳 岩瀬夏実)
- 地に落ち、豊かな実を結んだ人々 ―『異郷に生きるⅡ 来日ロシア人の足跡』を読んで― 菅原繁昭
- F.P.ビリチについて 倉田有佳
第24号
- サハリン島の漁業をめぐるロシア政府(プリアムール総督府)の対応 神長英輔
- ゴシケーヴィチ記念学会取材より 権平恒志
- 満州国建国宣言とユーラシア主義 ―ルスナクさんの報告「ハルビンの白系ロシア人」に寄せて― 米重文樹
- 厨川勇氏の生涯と業績 ―ご逝去を悼んで― 小山内道子
第25号
- Морской сборник(Morskoi sbornik『海事論集』)にみる函館とロシア 1856-1870 天野尚樹
- 函館日ロ交流史研究会第3回研究会に参加して 堀江満智
- ガーリャさんの東京・横浜滞在を共にして 小山内道子
- 石川政治「ソ連捕虜通信」から 倉田有佳
第26号
- 函館とウラジオストクとの新たな交流 ―文化・学術交流、はじめの一歩― 長谷部一弘
- アルセニエフ博物館について アルセニエフ博物館主任研究員 イライダ・バプツェヴァ
- 最後の「低い緑の家」 ―サファイロフの晩年― 清水恵
- 「函館とロシアの交流」を読んで 前川公美夫
第27号
- コーカサス情勢 ―民族紛争とカスピ海地域のエネルギー資源を中心に― 廣瀬徹也
- 補遺―1877年、瀬棚沖におけるロシア軍艦「アレウト号」の遭難をめぐって 清水恵
- 失われた墓碑銘 ―函館のロシア人墓地 菅原繁昭
第28号
- 「日露修好150周年回航事業」に参加して 岸甫一
- むかし、「露探」という言葉があった ―函館の場合 奥武則
- 博物館交流と日ロ交流展覧会 ―国立アルセニエフ博物館にて― 佐野幸治
- 函館のロシアホテル 清水恵
- 平成18年度 函館市の対ロシア国際交流事業紹介 倉田有佳
- 訂正します
第29号
第30号
- 函館に縁の深いズヴェーレフ家の人たち ―キューバからオリガさんを迎えるに当たって― 小山内道子
- 現代ロシアの結婚式(体験談) 遠峯良太/エレーナ
- クリルアイヌ研究と市立函館博物館 大矢京右
- 函館のソ連領事館と日本人職員 倉田有佳
第31号
- 平成21年度市立函館博物館函館開港150周年記念特別企画展「アイヌの美-カムイと創造する世界-ロシア民族学博物館・オムスク造形美術館所蔵資料」 大矢京右
- ドロシェーヴィチ『サハリン(監獄)』に描かれたKh.P.ビリチ 倉田有佳
- 「浦潮日報」のデジタル化について
第32号
第33号
- 小島倉太郎の遺品にみるその足跡 -クレイセロック号探索から聖スタニスラフ第3等勲章受勲まで- 大矢京右
- Прикосновение к прошлому. ロシア連邦総合大学函館校教授 アンドレイ・グラチェンコフ
- 函館の「旧ロシア領事館」案内 倉田有佳
- 高田嘉七氏の死を悼んで 大矢京右
第34号
- 大鵬、マルキィアン・ボリシコ、ニーナ・サゾーノヴァ そして函館ゆかりのシュヴェツ家について 小山内道子
- 色丹島訪問記 ――北方領土問題を考える―― 小川正樹
- 「イコン画と山下りん」を学ぶ研修旅行の報告 大平利成
- 『十五歳の露国少年の書いたカムチャツカ旅行記』を刊行して 大西剛
- ガブリール・クラマレンコ:アストラハンからサハリンまで 倉田有佳
第35号
- 魯西亜から来た日本人 ―善六と函館 大島幹雄
- 函館・松前ツアー体験記 稲垣滋子
- 松前で馬場佐十郎を想う 河元由美子
- サハリン/樺太:帝国にはさまれた植民地 天野尚樹
- シュヴェツ家との出会い グリゴーリィ・スメカーロフ/小山内道子 訳
- 小島倉太郎の遺品にみるその足跡 ―クリルアイヌの強制移住と北海道物産共進会― 大矢京右・遠峯良太
- 過ぎ去りし時代に触れて アンドレイ・グラチェンコフ/遠峯良太 訳(「会報」33号報告翻訳)
- ロシア国立極東歴史文書館と国立沿海地方文書館をウラジオストク市に訪ねて 倉田有佳
第36号 ゴシケーヴィチ生誕200年記念特集号
- 平成26年度函館日ロ交流史研究会の活動について ―ゴシケヴィッチ生誕200年記念事業、函館開催をふりかえる― 長谷部一弘
- 初代駐日ロシア領事ゴシケーヴィチゆかりの地ベラルーシを訪問して 倉田有佳
- 初代駐日ロシア領事ゴシケーヴィチと函館 倉田有佳
- 柴田剛中の箱館での交渉 塚越俊志
第37号
- 1925年2月、北サハリン亜港から脱出したペトロフスキー一家の足跡を追って グリゴーリィ・スメカーロフ 小山内道子構成・翻訳
- 「樺太の旅」記録フィルム紹介 奥野進
- 札幌総領事から寄贈された二葉の写真 倉田有佳
- 日本軍の北樺太占領末期に函館に避難してきたロシア人(1925年4月~5月) 倉田有佳
第38号
- シベリアのヴォストチヌイ新宇宙ロケット発射場の運用開始とシベリア出兵、シベリア抑留の記憶 高野晃
- 母国ロシアへの郷愁(2) 1925年北サハリンから脱出したペトロフスキー家の軌跡――北サハリン・アレクサンドロフスクでの生活―― グリゴーリィ・スメカーロフ/小山内道子 構成・翻訳
- 函館とニコラエフスク――文久元年「亀田丸」の出貿易から見えてくること 倉田有佳
第39号
- 函館ロシア人墓地――墓碑のないロシア人をめぐって 倉田有佳
- 在札幌ロシア連邦総領事館主催の展示会を見学して 駒井惇助
- 在札幌ロシア連邦総領事館開設50周年記念写真展の函館開催 倉田有佳
- 母国ロシアへの郷愁(3) 1925年北サハリンから脱出したペトロフスキー家の軌跡――少年時代の思い出と第2次世界大戦で日本軍の捕虜になって―― グリゴーリィ・スメカーロフ/小山内道子 構成・翻訳
第40号
- ブラニワフ・ピウスツキと函館の漁業家・稲川猛治 沢田和彦
- 「棒二森屋デパート」と在函館亡命ロシア人 倉田有佳
- 外国人墓地清掃 中嶋肇
- 桑嶋洋一氏との思い出 中嶋肇
- 桑嶋洋一さんの思い出と業績 倉田有佳
第41号
- 山口茂一『日本詩歌の支配的傾向としての印象主義』の成立刊行に力を尽くした人々 ―― (1) ニコライ・ペトローヴィチ・エフスチフェーエフ 桧山真一
- 日露戦争前後のウラジオストク ――〈ドム・スミス〉のエレノアが見た人と風景 乳井洋一
- 小出遣露使節団のロシア派遣前後の動向 塚越俊志
- 悲劇発生の地 イワノフカ村訪問記 高野晃
- 函館に眠るP.P.バトーリン 倉田有佳
- 鈴木旭先生の思い出 奥野進
第42号
- 戦前の雑誌『月刊ロシヤ』編集長・茂森唯士(1895~1973)
- デンビー(Denbigh)商会と中嶋家
- 多賀丸漂流民について記録されている日露関連資料について
- 歴風会「歴風文化賞」の受賞
- 函館市地域交流まちづくりセンターの市民活動紹介への参加
第43号