函館とロシアの交流の歴史について研究している、函館日ロ交流史研究会のページです。 このページは、会報をはじめ、これまでの刊行物や活動成果を公開しています。

ロシアとの経済交流を通じて

2012年4月22日 Posted in 「会報」第07号

円山牧子

 5年間、函館市商工観光部でロシアとの経済交流に携わって感じたのは、ロシア人と何か事業をやろうと思ったら、それが文化交流であれ、経済交流であれ、事業のイニシアチブは日本人がとらなければいけないということです。それが事業を成功させる秘訣だと思いました。
 例えば、市内のある組合さんは、ユジノサハリンスクにカメラの現像機械を無償で提供し、ペーパーや薬品などをロシア人に買ってもらおうと考えました。しかし、ロシアとの取引の経験がなかったため、この組合さんは、姉妹都市交流をはじめ、サハリン大陸棚開発の後方支援基地化などによるロシア極東地域との経済交流を標榜している市に協力を依頼してきたのです。
 私達としては、もちろん全面的に協力するということになったのですが、実はこれが、その後1年半にわたる私の仕事の9割を占めることになろうとは、この時は考えるはずもありませんでした。とにかく、今から振り返ると、実に驚くべきことなのですが、貿易担当の私をはじめ、ロシア交流の先進地と言われるこの北海道に、実践向けのノウハウを提供できるアドバイス機関がほとんどないという事実です。
 ある日のこと、実際にペーパーや薬品を買ってカメラ店を始めたニーナさんから、ファックスが届きました。ちなみにニーナさんはこれまで外国と取引した経験のない人ですが、店に度量衡規格委員会の人が来て、「法律第127号によってロシアに輸入される全ての商品には品質証明が必要である。品質証明は輸出者が用意するものであるから、すぐ日本人に用意させなさい。守らなければお宅の店は罰金だよ」と言われましたと。つきましては次回から注意するように、とこうです。
 ところが法律書を手にいれて見ると、品質証明の「ひ」の字もなく、輸出者への義務も明記されていません。さては、違う法律で定めがあるのかなと思い、手あたり次第調べまくるのですが、らちがあかず、あちこちに相談すると、「知り合いのAさんが輸出した時はいらなかった」とか「昔は必要だったけどねェ。今はどうかな」というレベルで、結局わからずじまいです。
 とりあえず法律のコピーをニーナさんに渡し、「ロシアの役人の言っていることは納得できません。根拠法令をきちんと示さない限り命令には従えませんから、その法律を相手に見せてもう一回相談してきてください」と言うと、1週間くらいしてニーナさんから連絡があり、「確かにここには明記されていないから、どちらが証明をとるかは双方の話し合いによって決めてもいいです。商品についても全部はいりませんが、薬品だけは必要だからと言われました」と言うのです。ロシアの役人は自分が管轄している法律ですら、厳密に運用するという責任感がなく、日本人に指摘されるとすぐ撤回するというプライドのなさは、驚くべきことです。
 私が今回の事業を通じて経験したトラブルは大きく分けると2種類あって、ひとつはロシア人パートナーの性質に起因するものと、もうひとつはパートナーの背後にロシアの役人がいて、パートナー自身もトラブルに巻き込まれている場合です。特に後者の場合、パートナーと一緒になって役人と闘わなければならないのですが、一番有効な手立てだと私が考える法律を武器にするということが、そのノウハウが蓄積されていない北海道ではとても難しいのです。ロシアビジネスの最前線では、これまで、個々の業者が、それこそ人脈や金脈(?)を利用して、この闘いに勇敢にいどんできたのでしょうが、それが逆にロシアビジネスに一種独特なスタイルを強要し、結果的に閉ざされた深淵に追いやることになった印象は否めません。
 これからは、ロシア人よりもロシアの事情、特に法律に詳しい人材が育成され、北海道企業のためにロシアの役人と交渉してくれるような専門家集団を育てていくことが必要だと思いました、そしてそれはロシア交流を積極的に進める行政の課題であると痛感しました。

「会報」No.7 1998.4.16