函館とロシアの交流の歴史について研究している、函館日ロ交流史研究会のページです。 このページは、会報をはじめ、これまでの刊行物や活動成果を公開しています。

函館・ロシア略年表

2012年4月26日 Posted in 函館・ロシア略年表
  • 1793(寛政5) 前年根室に着いたラクスマンのエカテリーナ号箱館に入港(外国船初). これより陸路松前に向かい、光太夫ら引き渡される
  • 1811(文化8) ディアナ号艦長ゴロヴニン少佐ら、国後島で松前藩吏に捕縛され箱館に護送される 〔続いて松前で幽閉〕
  • 1812(文化9) ディアナ号副艦長リコルド、観世丸の高田屋嘉兵衛を拉致する
  • 1813(文化10) 高田屋、ゴロヴニン事件解決のため釈放. ディアナ号箱館に入港し釈放されたゴロヴニンらを乗せ帰国
  • 1853(嘉永6) プチャーチン艦隊、長崎に入港.国境確定と開港を求める
  • 1854(嘉永7) 箱館、幕府直轄地となり奉行が置かれる.プチャーチン艦隊箱館港入港、後大阪へ向かう. 日露和親条約下田で調印される〔安政1〕
  • 1857(安政4) 長崎で日露追加条約が調印される(会所取引ながら箱館での通商許可)
  • 1858(安政5)  ロシア領事ゴシケーヴィチ一行着任(医師アルブレヒト・司祭フィラレート他/高龍寺・ 実行寺に分宿).亀田にロシア病院設置される.
  • 1859(安政6) 箱館港、神奈川・長崎と共に開港場となる.ロシア人墓地に軍艦アスコリド号航海士埋葬される (最初の埋葬者).医師アルブレヒトの気象観測.司祭ワシーリイ・マホフと読経士イワン・マホフ着任
  • 1860(万延1) 大工町(現正教会地)に領事館竣工.同地内に教会も併設される.植物学者マキシモヴィチ来港. 北京条約によりウスリー川以東ロシアに割譲される.ウラジオストク、海軍基地として開かれる
  • 1861(文久1) 司祭マホフの後任としてニコライ着任.イワン・マホフ「ロシヤノイロハ」を作成. ロシア病院火災で焼失.諸術調所教授武田斐三郎ら亀田丸でニコラエフスクに派遣される
  • 1862(文久2) 竹内下野守ら幕府使節、ペテルブルグに派遣されロシア外相と協定(樺太分界など) を結ぶ
  • 1863(文久3) 領事館の隣にロシア病院竣工.医師はアルブレヒトの後ザレスキイ着任
  • 1864(元治1) 大町居留地にピョートル・アレクセーエフ、ロシアホテルを開業する
  • 1865(慶応1) 英国領事館の火事でロシア領事館も類焼する.ゴシケーヴィチ帰国、新任ビュツォフ着任 (後の初代公使).幕府のロシア留学生箱館から出港する
  • 1866(慶応2) 箱館奉行小出大和守らロシアに派遣される.ロシア領事らから写真を学んだ木津幸吉、 写真屋を開業.ロシア病院火事で焼失
  • 1867(慶応3) 大政奉還.樺太島仮規則調印(於ペテルブルグ、小出大和守)
  • 1868(明治1) 戊辰戦争起きる.沢辺・酒井・浦野、初のロシア正教受洗者となる
  • 1869(明治2) 箱館戦争、榎本ら降伏して終結する.開拓使設置される
  • 1870(明治3) オラロフスキー領事着任.黒田清隆、開拓次官となる.ロシア領事と開拓使の間で、 ロシア人墓地の正式契約交わされる
  • 1871(明治4) 明治2年帰国のニコライ、「日本伝道会社」の長として再び来日する
  • 1872(明治5) オラロフスキー、離函.函館の領事館は事実上閉館.ニコライ司祭上京する. 函館学校にロシア語科併設される.ロシア親王アレクサンドロヴィチ来港する
  • 1874(明治7) 榎本武揚、特命全権公使としてロシア公使館に赴任する.黒田清隆、 参議兼開拓使長官になる
  • 1875(明治8) 樺太千島交換条約成立
  • 1878(明治11) 黒田長官ウラジオストク視察.函館の渡辺熊四郎らも同行する
  • 1879(明治12) ロシア皇帝より、開拓使時任大書記官、函館病院々長深瀬鴻堂、 開拓使訳官の小野寺魯一が勲章を贈られる
  • 1882(明治15) 開拓使廃止され、三県(函館・札幌・根室)となる
  • 1886(明治19) 三県を廃止、北海道庁ができる(札幌本庁、函館には支庁).会所町に函館露語学校できる (後に船見町開有学校)
  • 1890(明治23) 笠原与七郎、曙町で露語研究所を開く
  • 1891(明治24) 巴学校、露語料をおく.在留英商人ヘンソン、 旧ディアナ号由来といわれる大砲を函館公園に寄付する.来日中のロシア皇太子狙撃事件で、函館区長慰問に赴く
  • 1894(明治27) 日清戦争起こる
  • 1895(明治28) 日清講和条約、三国干渉
  • 1896(明治29) 大家七平、ウラジオストク~新潟の航路開設(函館寄港)
  • 1898(明治31) 函館尋常中学商業専修料(函商)でロシア語教授始まる.ロシア、清国から大連・ 旅順の租借権及び南満州鉄道敷設権を獲得する
  • 1899(明治32) 函館に区制が施行される.大町に函館セミョーノフ商会できる
  • 1902(明治35) シベリア鉄道開通する.日英同盟締結される
  • 1903(明治36) 民俗学者ピウスツキ来函.ロシア、旅順に極東総督府設置
  • 1904(明治37) 日露戦争起こる.ロシア領事引き揚げる.要塞地帯法により、正教会司祭・ 在留ロシア人など函館退去命令を受ける(露探).ロシア軍艦津軽海峡を航行、函館市民、不安に陥る
  • 1905(明治38) 日露講和条約締結.南樺太日本領有となる.日本郵船、函館・大泊航路営業決定
  • 1906(明治39) 領事トラウドショリド着任、領事館開庁(船見町108番地).日魯漁業(株)の前身、 堤商会発足(於新潟).船見町125番地に領事館新館落成
  • 1907(明治40) 函館大火により、領事館や正教会焼失する.日露漁業協約締結.函館デンビー商会設立される. 大阪商船、ウラジオストク航路(函館寄港)開始.
  • 1908(明治41) 露領水産組合設立される.函商の学生、商工業調査のためウラジオストク訪問. 焼失地にロシア領事館再建、落成(現在に至る)
  • 1912(大正1) ニコラエフスク市から観光団来函.ロシア語「函館案内」出版される. 新任副領事レベデフ着任する.正教会に白岩神父着任、夜学のロシア語教室を開く.堤商会の本部函館に移る
  • 1914(大正3) 高井義喜久を中心に露領漁業貿易研究会発足する.この頃、 銭亀沢村大字笹流に旧教徒のロシア人一行入植する.バウローフ、船見町でロシア語教室を開く.第一次世界大戦始まる
  • 1916(大正5) ロシア婦人の献金により正教会聖堂、再建なる(山下りんのイコン)
  • 1917(大正6) ソビエト政権樹立される
  • 1918 (大正7) シベリア出兵
  • 1920(大正9) 尼港事件発生.極東共和国成立.北樺太保障占領開始. レベデフ領事が中心になり函館でシベリア孤児救済義援金募集.
  • 1921(大正10) 日魯漁業(株)発足する.北洋漁業者、軍艦の護衛で出漁. この頃から元町に亡命ロシア人が住み着く(ロシア長屋)
  • 1922(大正11) 函館に市制が施行される.カムチャツカの命令航路開設される
  • 1923 (大正12) 後藤・ヨッフェ会談によりウラジオストクから査証官来函.万世ビルに事務所を構える (夏期のみ).ツェントロソユーズ出張所できる.ロシア帆船「ヘンリッター号」 海上ホテルとして係留されロシア人漁夫の宿となる
  • 1924(大正13) 栗林商会、ウラジオストク航路(函館寄港)経営始める
  • 1925(大正14) 日ソ基本条約調印される.旧帝国領事レベデフ一家亡命.新ソ連領事ロギノフ一行着任. 駐日ソビエト通商代表部函館支部、極東貿易局函館支部、ソ連商船隊函館支店設置される.万世ホテルで「日露協約成立祝賀会」 開催される.日露協会函館支部設置される.北海道主催の極東露領視察団に岡田健蔵ら参加.
  • 1926(昭和1) 函館市主催、露国展覧会開催.川崎汽船、ウラジオストク航路(函館寄港)営業開始
  • 1927(昭和2) ソ連企業カムチャツカ(株)、同ルイボ・ブロドクトの函館出張所できる.旧領事館の修復なる. 駐日ロシア大使等函館を避暑地として滞在(7~9月).革命十周年祝賀会が領事館で開催される.ロシア極東視察団、 来函
  • 1928(昭和3) 日ソ漁業条約締結される.竹内清、ロシア語新聞「週刊函館」発刊する.正教会の鐘, 東京ニコライ堂に送られる
  • 1929(昭和4) ロシア語通訳、北洋同志会を結成し、機関誌発行及びロシア語講習会開始. 北洋の漁業権問題をめぐり「島徳」事件起こる
  • 1930(昭和5) A・Gデンビー、函館市より産業功労者として表彰される.アルハンゲルスキイ、 ロシア語新聞発行する
  • 1932(昭和7) 函館日ソ通商協会創立される
  • 1933(昭和8) ソ連企業、日本人の北洋漁場での使用を一切やめる
  • 1935(昭和10) ソ連通商代表部函館支部閉鎖
  • 1936(昭和11) 五百木良三、赤尾敏らをむかえ「蘇連研究講演会」開かれる
  • 1939(昭和14) ロシア領事館敷地をめぐって訴訟問題起きる
  • 1941(昭和16) 日ソ中立条約成立.英米両国に宣戦布告.デンビーら国外へ脱出する
  • 1942(昭和17) 正教会の鐘など軍に供出(公園内の大砲もこの頃)
  • 1943(昭和18) ザベーリン領事転出、後任ザベーリエフ領事着任.函館露西亜人協助会(白系ロシア人の組織)できる
  • 1944(昭和19) 北洋同志会主催露語講習会の講師はカロリョフ、成田ナデジュダ. ソ連領事館閉鎖される
  • 1945(昭和20) 日本、ポツタム宣言受諾.ソ連領に出漁した日魯の従業員抑留される
  • 1946(昭和21) ソ連、南樺太と千島の併合を布告する
  • 1950(昭和25) 朝鮮戦争が勃発する
  • 1951(昭和26) サンフランシスコ平和条約が調印される(ソ連は不参加)
  • 1954(昭和27) 北洋漁業が再開される(函館港が母船の集結基地)
  • 1955(昭和30) 戦後初めてソ連船が函館ドックに入り、修理をうける
  • 1956(昭和31) 日ソ漁業条約調印.日ソ国交回復共同宣言、通商航海に関する議定書調印される. 日ソ通訳会が創立される.北海道による旧ロシア領事館の補修工事が行われる.函館ロシア語研究会が発足し、 ロシア語講座が開催される
  • 1957(昭和32) 日ソ協会函館地方支部が結成される
  • 1958(昭和33) 占領解放後、初めて函館からソ連への輸出が行われる
  • 1960(昭和35) 函館貿易協同組合と全ソ消費協同組合との間に貿易契約が調印される
  • 1962(昭和37) 市はロシア語版の函館港宣伝パンフレットを作成
  • 1966(昭和41) 日ソ領事条約が調印される
  • 1967(昭和42) ソ連領事館誘致推進期成会発足する
  • 1968(昭和43) 正教会にギリシャ人リバノスから大鐘が一基寄贈される
  • 1972(昭和47) 市制施行50周年記念「函館市民の船」がナホトカ、ハバロフスク両市を親善訪問
  • 1976(昭和51) ソ連空軍のベレンコ中尉、ミグ25型機で函館空港に強行着陸し、アメリカに亡命
  • 1983(昭和58) 正教会、国の重要文化財に指定される(昭和61年から大修理行われる)
  • 1989(平成1) 函館日ロ親善協会発足する
  • 1991(平成3) ゴルバチョフソ連共産党書記長辞任、共産党解体.ソ連解体、独立国家共同体(CIS) が発足
  • 1992(平成4) 函館、ウラジオストク国際姉妹都市提携
  • 1993(平成5) 函館日ロ交流史研究会発足する
  • 1994(平成6) ロシア極東国立総合大学函館校開校.函館-ユジノサハリンスク国際定期空路開設
  • 1997(平成9) 函館、ユジノサハリンスク国際姉妹都市提携を結ぶ
  • 2002(平成14年) 函館・ウラジオストク両市のアルセニエフ博物館と市立函館博物館が姉妹提携を結ぶ
  • 2003(平成16年) 9月19日に在札幌ロシア連邦総領事館函館事務所が開所する